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夫婦別姓議論に思う

  • naokinoutworks
  • 2021年5月19日
  • 読了時間: 2分

夫婦別姓の議論がここ数年取り沙汰されている。過去日本では「夫婦別姓を選べないのは違憲だ」、と国に慰謝料を求めた男性に対し、東京地裁が訴えを棄却しています。判断の根拠になったのは2015年12月「夫婦同姓」を定めた民法の規定について、最高裁大法廷が「合憲」とした判決のようです。「夫婦同姓」が「社会に定着しており、家族の姓を一つに定めることには合理性がある」というのが理由だそう。

さて、アジア各国で夫婦別姓はどう規定されているのだろう。と調べてみると、タイを除いてほぼ全ての国で夫の姓を名乗ることは規定ではなく選択肢の1つとしてあり、女性が婚姻前の姓を保持することが権利として認められているのだ。例えば、山田花子さんが田中一郎さんと結婚した場合、アジアでは山田花子のまま、もしくは田中山田花子と自分と夫の姓を列記するのが規定のようである。タイでも2003年の憲法裁判所判例以降、婚姻した女性が姓の変更をする義務はないものと解釈されているようで、どちらを選択するかについては議論が続いているとのこと。

では海外では夫婦別姓が古くからの慣習だったのか、というとそうではないようだ。

欧米ではかつて夫婦同姓が定着していた時代もあったようである。2005年のアメリカ映画「Mr. & Mrs.スミス」はまさにそれを物語るタイトルだと気づく。

フィリピンは、アメリカを踏襲してか今でも夫婦別姓以外に、夫婦同姓の選択肢も残している。

翻って日本の夫婦別姓議論は、海外からすると「時代遅れ」の感が漂う。

日本は何か重大な判断をすべき案件が生まれると、毎度のように「海外ではこうなので日本もこうすべきだ」的議論が繰り返されてきた。要は日本の尺度だけでは今後の未来は語れない。もっと海外を視野に入れようという意思の表れだと思うのだが、これだけ海外、海外という割には、夫婦別姓議論でとても保守的な判断をするのは、どうなのでしょう。

もちろん同姓になることで、妻が夫に染まる、ひとつの家族になる、という感覚はよくわかる。ただ、時代は刻々と変化しつつあり、LGBTも社会的市民権を得つつある昨今、それだけが既定路線であるという判断よりは、アジア各国のように別姓も同姓も選択肢にしたらいいのではないだろうか。


 
 
 

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